はいぱ〜コラムbyワシ

国立マンション訴訟判決。いよいよ都市景観にも社会の目が・・・



 ワシは'95年〜'99年の間、国分寺に住んでいた。土日になると、まず気分をリフレッシュしようと国立の大学通りへ出かけていったものだ。
夕暮れ時の大学通り

 国立の街は、昭和初期に西武の堤康次郎が起した開発会社「箱根土地」の手により開拓され、大震災の痛手に都心を逃れた中産階級の人々に分譲された住宅地だ。一橋大学の誘致による学園都市のスタイルをとるこの街の、まさに背骨となるのが大学通り。

 どう考えても広すぎるこの道は、計画時点からこの広さだった。もともと道路の中央に京王線の路面電車(複線)が伸びてくる予定だったため、この幅が確保されているのだという。片側2車線の車道を挟んで充分な幅の緑地帯と歩道があり、実際のクルマの交通量は1車線分で充分。大学通りのなるだけ国立駅寄りに全く迷惑にならない路上駐車をして、束の間のショッピングや食事を楽しむのが、この一帯に暮らす人々のステイタスみたいになっている。

 今回、問題となったマンションは、大学通り沿いと言えども注目の国立駅付近からはかなり離れている。それにしても、高さ44mを越すこの建物は国立名物の街路樹を遥かに凌駕してそびえ建っている。ワシが国立を徘徊している頃は建設前だったが、既に住民の間では問題になっていた。このデベロッパーは、そうした住民感情をほとんど無視して建設を推し進めたのである。

左写真、向かって左の建物が問題のマンション。ちなみに道の反対側は右写真で、街路樹以上の建物はない。

 今回の判決は、ベロッパー側にとって計算違いだったかも知れない。既存の法律を遵守しているのは間違いないし、住民感情はあったとはいえ、市の条例制定よりも早く着工し適用は逃れた。これで大規模なマンションを一旦竣工させてしまえば、ある種既成事実化する現地でのビジネスを、覆すまでの事は裁判所もしないだろう・・・と、タカをくくっていたようだ。

 しかし、判決はまるで軸足が違っていた。「制定前の着工につき市の景観条例は適用外と、まずは認め、その上で「地域住民が守り育ててきた『景観利益』を享受し活用するビジネスをしながら、自らはそのルールを全く守らず逆に破壊するような事は許されない」との趣旨を主文に明記している。そしてあろう事か、「地上20m以上の部分を撤去せよ」との命令を下した。

 入居が進んでいなかった当のマンション、デベロッパーでは有利な判決が出るまでと期待しただろうがそれも当てが外れ、20m以上の建物撤去も現実的には一旦解体した方が安上がとの見方が強い。上告審まで争う可能性についても、そこまでデベロッパーの体力は無いとの見方が出ている。

 地域住民が、歴史的慣習によるものであれ、こだわりを持っている街のフォーマットに手を加えるという事は、事ほどさように正当な理由とエネルギーの要る事なのだ・・・今回の判決は、そんな事を謳っているように思える。

 であれば・・・と思いつくのは、国立駅の背後に建ってしまった高層マンションである。

 大学通りから眺める国立駅の駅舎は、東京の景色の中でも際立って都市の歴史的景観感じさせるものだった。その背後は単に青空でなければならなかった(と、思う)。ところが、ワシが国分寺にいた'98年頃、に突如その高層マンションは国立駅のバックに出現してしまったのだ。
 今回の判決を聞いて正直、ワシが最初に思ったのは、あのマンションこそ撤去の対象にって欲しい・・・という事なのだった。



HYPER COLUMNby washi
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